教育方針

基本的な考え方

あらゆることに興味が持てて,わかることが楽しいと思える人になってもらいたいということにつきます.

科学はもともと自然界とは何ぞやという哲学です.そこで使う手段は分析と総合ですが,科学がいわゆる物化生地に分かれているのは,それぞれの得意とする切り口で分かれているのに過ぎません.それぞれの切り口から得た知識なり成果なりは,ばらばらなままではあまり意味が無く,互いにつなぎ合わされてはじめて「自然界はこういうものだ」という認識が深まるのです.

このつなぎ合わせは「わかる(わかった気になる)」快感が得られる作業です.科学の売りはそれなりの論理的思考ができる人には誰でも理解できる点にあるので,この快感を共有してくれる人が世の中には結構います.私のような職業もそのおかげで成り立っていると言えます.

「科学技術」考

大学院生時代,よく母に「そんなことをやって何の役にたつの」と聞かれ,うまく答えられずに困ったものでした.最近はさすがに言わなくなりましたが,彼女は内心「なんで息子はちゃんとご飯が食べられているのだろう」といまでも思っているかもしれません.

「科学技術」という言葉をよく耳にします.これは日本独特の言葉だそうです.科学は「自然界の理解」が本来の目的で,技術はその副産物あるいは手段のはずなのですが,日本では技術を生み「役にたつこと」が科学の最大目的と見なされています.世界的に見ても各国政府や大企業が科学にこれほど投資してきたのは,科学が技術をもたらし,すごい富を生んできたことが最大の理由であることは確かだと言えるでしょう.

しかし一方で,特に欧米諸国では「自然界の理解」が重視されてもきました.「哲学者としての科学者」が広く認知されており,日本では硬いと敬遠される自然哲学書 (みすず書房とか岩波書店から翻訳が出ているような本) があちらでは数十万部以上のベストセラーになったりします (日本では1万部も行けば良い方とされる).

われわれ日本の科学者も「自然理解のための科学の普及伝授」に結構努力しています.それでも日本で自然理解のための科学が今一つ根づいていない理由については皆さんもぜひ考えて見て下さい.科学が導入された経緯,宗教観,教育行政のありかた等々,いろいろな切り口から.

「地球惑星科学」考

地球の5W1Hを探るのが地球惑星科学の原点.

物理化学が単純系の基本法則追求型の学問なのに対し,地球の尺度でみえる現実世界がこれら基本法則がどう組み合わさってどう作られているのかを探る学問とも言えるでしょう.

研究室に入ることを考えている人へ

地球惑星科学を本格的に楽しむには,数学,物理,化学,生物の一通りの知識があった方が断然良いです.学部ではしっかり勉強してきて下さい.また計算機やネットワーク技術にも馴染んでおくと良いでしょう.先生や先輩の話,啓蒙書などで地学一般への興味を常に高めておいてください.ちょっと見渡せば情報源はいっぱいあります.

特に物理は重要です.ちなみに地球惑星科学では古典物理学しか使わないと勘違いしている人がたまに居ます(うっかりすると偉い人のなかにも…).ですがそんなことはありません.例えば,二酸化炭素がどうして赤外線を吸収するのかは量子力学と統計力学を知らないと分かりません.衛星技術を使いこなすには相対性理論が必要です.ところで物理学科のコースでは最近,連続体力学(流体力学)が削られる傾向にあります.ですが連続体力学は他の物理学(力学,熱力学,電磁気学,etc)と合わせて地球惑星の科学に必須です.

研究室で何を研究するかは学生自身に考えさせることにしています.ほとんどの場合,最初は何をしたいのか漠然としているので,形にしてゆくための議論を重視しています.本人の指向,重要性,独自性などなどを,関連分野の勉強もしながら数ヵ月かけてじっくり考えます.

また理解を中途半端にしないということもモットーです.教科書や論文を輪読すると,良く理解してないのに先に進もうとしてしまう人がたまにいます.これは本人のためにならないので許しません.

誰でもわからないことを人に悟られることに警戒心や羞恥心を持っているものです.しかし「わからないこと」は恥ずかしいことではありません.「わからないことをわかる」ことが大切です.私も学生時代は自分の無知を隠すようにしていましたが,わからないことはわからないと正直に言えるようになって,ものごとがより楽しくわかるようになりました.こういう楽しみを得るには,それなりに物知りになって理解の材料を仕込んでおき,自ら考え,人と議論をたくさんして「わかった経験」を積んでゆくことが重要です.

みなさん大いにいろんなことに首を突っ込んで調べ,考え,議論しましょう.

2002.07.25 倉本 圭 更新